達観

儒の言葉』のなかに、

 「「勤倹尚武」という成語くらい、無意味を極めているものはない。尚武は国際的奢侈である。現に列強は軍備のために大金を費やしているではないか?」

というアフォリズムがあって、たしかに、この文脈での「尚武」はスーパー達観して見れば、越境贅沢に他ならない、、、ただなかなか達観ってのも現実的に難しいですからね、浮世では「尚武」にきわめてプラクティカルな役割を見出さざる得ない、と。

 ちなみに僕自身、つねづね達観をめざしておりますが、もちろんかなわず、それに近づいたこともなく、あいかわらず、どろどろどろどろしておりまして、、、ただ、めちゃくちゃ状況がどろどろしちゃって、いやもう、こんなときに達観なんかできないよねっていう時でも、ひとつの付帯意見として、あるいはひとつの客観的基準として、達観した見方が頭をよぎる、というようなテクニックがオートマティックに身についているとすれば、とかく住みにくいこの世にあって、けっこうヘルプフルなのかな、と思わないわけでもないのですが、これもまたなかなかできないもので、今日も、どろどろどろどろどろとしながらラップトップに向かっているわけです。

What's new?

2018年3月15日 (木) ~3月31日 (土): パリ・ドフィーヌ大学に滞在する予定です。

2018年3月21日・22日: バーリ大学(イタリア)と中京大学の間の学術協力協定に基づき、研究交流を行う予定です。